2024/05/22 00:15
書きたいことを書くということが、こんなに難しくなるとは思っていなかった。
高校生の頃は、とにかくムシャクシャして、紙にとにかく考えていたことを書き殴っていた。
こんな大人にはなるものかと、怒りを込めて。誰にも見せないけれど。
書くことに力があると気づいたのは、中3の夏休みの宿題で書いたエッセイで入賞したことだった。
2時間で書き上げたとある旅のエッセイが、全国の賞で佳作になってしまったのである。
あくまで佳作だよ。でも文章が本当に人に読まれて、評価してもらえると気づいたのもこの時だった。
高3くらいから本を読むのが好きになった。自分でこっそり書くことも増えた。本当にどうしようもなくて書いていたんだろうなぁ。自分では何を言いたいかさえ分からなかったのだろう。
大学に入って、書きたいことを書けなくなった。大学の授業のクソみたいなレポートと、それから本屋とバンドも始めたから、その宣伝文句くらいになっちゃった。いや、本当は書きたいことなんてなかったのかもしれない。そんなの分からないから、書きながら頭の中のゴミ箱を漁っているのだ。ひっくり返しているのだ。
正直言って、2年くらい前の自分の文章は今読んでも惚れ惚れするところがある。「自分の書いた文章なんて、恥ずかしくて読めない」という人が多いけど、僕は全くそんなことはない。ただしここ2年を除いては。率直に切れ味がなくなった。的を得ない。筋道もなければ展開もない、と書いてるうちに気づく。全部消す。全部。
変な宣伝意識ができてしまったからかもしれない。
宣伝というのはいつだって変なんだろうけど。
最近ものを忘れるのが怖くなって、無地のノートにとにかく書くことを始めた。びっくりするくらい爽やかになる。僕は気づいた。「誰にも読んでもらえなくても書く」ことで、どれだけ自分が助かってきたか。
ここでのブログは宣伝するために書くわけではない。とりとめのない日常を、忘れてしまわないように、それで、みんなが忘れても、別によくね。でも明らかに、自分の周りでは何かが少しづつ変わっていって、同じであるものはない。高校生の頃はそれを恐怖と呼んでいたけれども、今は観察眼とでも呼ぼうか。
たまに本の紹介もするかも。でも買って欲しいからっていうか、こうして毎日のことを綴るときに見せたいときだけ。
では、皆さんが飽きるまで、飽きても。書きます。
健太郎